論理的思考の限界〜なにかをする理由、しない理由〜

人気シリーズ「論理的思考の限界」の第三弾だ。

参考
論理的思考の限界
論理的思考の限界〜意思決定を論理的に行うとハマる罠〜

前回の論理的思考の弱点から言って、
何かをしようと意志決定する際、
論理的な理由付けを行うことには大して価値がないことが分かる。

なぜなら、人間は全ての理由を思いつき、
その理由の正当性を完全に正しく、
評価することなどできないからだ。

今日友達に会う、ということに関しても、
実は理由付けは困難を極める。

まず、会う理由はいくらでもある。
・会いたいから
・近況を聞きたいから
・自分が知らない情報を持っているから
・その場で盛り上がって楽しいかもしれないから
・新しい仕事を一緒にすることになるかもしれないから

一方で、会わない理由もいくらでもある。
・お金がかかるから
・時間がかかるから
・外出が面倒だから
・今日は疲れていて休みたいから
・話しても盛り上がらないかもしれないから

僕の最近の大きな意志決定の一つである、
サラリーマンを辞めて起業する、もそうだった。

起業するべき理由はこんな感じだ。
・サラリーマンに向いていないから
・自分のやりたいことを自由にできるから
・やったことがないことで楽しそうだから
・お金持ちになれるかもしれないから
・偉人になれるかもしれないから
・世界が変わる瞬間に立ち会えるかもしれないから
・世界の偉人と知り合えるかもしれないから

一方で、起業するべきでない理由もたくさんある。
・失敗するかもしれないから
・安定的な収入が得られないから
・今の職に居続ける方が高収入だから
・学べることがまだ残っているから
・社会的なレピュテーションリスクがあるから
・スキルが不十分だから
・人脈がないから

結局、それらがどの程度自分の将来の人生に影響を与えるかなんて、計測が不可能だ。

じゃあ、どうやって自分が意志決定すればいいかというと、
自分がそれをやりたいかどうかで決めればいい。
あるいは、納得できるかどうかと言ってもいい。

できるかどうかでも、やるべきかどうかでもない。
やりたいかどうか、ただそれだけだ。

できるかどうかなんてやってみないと分からないし、
やるべきかどうか、人に生き方を強制される筋合いはない。

だから、やりたいかどうかを考えたその後で、
協働する人たちを説得するために、
初めてそれを「やるべき」理由や「できる」理由を考えればいい。

僕はただ、起業という挑戦をしなかったことで、
後悔して死にたくないという思いから起業をスタートしている。

これは僕のただの欲望でしかなく、
合理的な理由付けは何一つない。

そしてこの論理的思考のほころびから、
僕の座右の銘の一つが生まれている。

「何かを始めるのに早いことも遅いこともない。やりたいと思っている今がその時だ。」

もし、今何かを「やりたい」と思っていたら、始めてしまうことをオススメする。

参考
僕が「…したい」という言葉を殺した理由

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