論理的思考の限界〜論理的思考は本当に説得以外に使い道はないのか〜

人気シリーズ「論理的思考の限界」の第四弾。

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論理的思考の限界
論理的思考の限界〜意思決定を論理的に行うとハマる罠〜
論理的思考の限界〜なにかをする理由、しない理由〜


僕の中でそれなりの答えが出たので、整理しておく。

論理的思考の限界〜意思決定を論理的に行うとハマる罠〜でも説明したように、
論理的思考はその性質から、他者への説得ツールだと割り切ってもいいかもしれない、
というのがメタップス佐藤さんの論旨だった。

重箱の隅をつつくような話に聞こえるかもしれないが、
僕はこの考えに概ね賛同しているものの、違和感もあった。

例えば、今ある場所に急いで、なるべく安く行きたいとする。


そして、その行き方が2通りあるとする。

一つは、有料で1時間かかる。
もう一つは、無料で30分かかる。
料金とかかる時間以外の条件が完全に同じだとして、
どちらの道を通るべきか。

まあ、普通に考えれば後者をとる。

これは論理的に考えた結果だし、
誰にとっても最善の選択であることは疑いの余地がない。

このように、論理的に考えて正しい意思決定が出来る場面もある。

つまり、論理的思考は意思決定に使うのは危険だ、というのは前提がある。

その前提は、意思決定の対象の抽象度が高く、

人間が認識できない思考空間が存在する(=対象が大きい)ことだ。

その意味で、論理的思考は抽象度の低いものに対しては完全にワークするので意思決定に利用できるが、

抽象度の高いものに対しては意思決定に利用するべきではなく、
相手の説得など他の目的に使われるべきだということが言える。

じゃあ、僕たちは対象が大きいものに対してはどう意思決定するべきなのだろうか。

この議論に対しての答えが、パターン思考だというのが僕の考えだ。

世の中の構造はフラクタル構造であるため、
ある領域で観察された現象が他の領域でも起きる。

例えば、かつてPC市場を席巻したマッキントッシュは、
オープンソースのWindowsに取って代わられた。

これは近年モバイル市場でも同じことが起きていて、
最初にiPhoneが市場を形成するものの、
オープンソースのAndroidが市場をとった。

モバイル市場の未来予測というのは、あまりにも抽象的で、一つ一つの要因を調べて結果を導き出すのは複雑過ぎて誰にもできない。

だが、パターンとして捉えた瞬間に、その複雑性を無視して、確度の高い予測が出来る。

また、このパターンというのは、統計的なアプローチと系統は同じで、
「理由はよくわからないが、そうなるはずだ」という主張の仕方をしている。


ある意味論理的ではないが、
怪しげな結論ありきのファクト(確証バイアス)集めをするよりは、全然価値のある考え方だと思う。


皆さんにとっての論理的思考の取り扱いの一助となれば幸いだ。
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