平成という僕の半生をまとめる

平成最後の日ぐらい、ブログを書こうと思う。

とりあえずネタとしては、以下の2つ。

  1. 近況報告

  2. 個人の平成史の振り返り

1. 近況報告

なにやってるかよくわかんないってよく言われるので、簡単に。

2018年はフリーランスでずっと仕事をしてきたが、
前職でお世話になった先輩に一緒に会社やろうって誘っていただいた。

それで、今はそのGrooveTubeという会社でCTOをしている。

CEOのその先輩と、もうひとりCOOの方がいるのだが、二人共それはそれは変わったキャリアで面白い。

最初はフリーランスの仕事の延長線ぐらいで考えていたのだが、お二人と一緒にいる中で、
仕事を「誰とやるのか」はもしかしたら僕にとって大事なのかもしれないと思うようになった。
(今まで仕事をする中で、僕という人間は、「何のために何をやるか」を大事にするタイプだと思っていた)

僕は基本的に誰かの言う通りに何かをするのが嫌いで、
管理されることなんかが特に大嫌いだ。

自分の自由を脅かされる事象がすべて肌に合わない。

最近コミュニティの運営のノウハウで、

「裏切られても信頼する」

という従来では考えられなかったような方法論を唱えているのを見たが、

「あ、僕が求めているのはこういうことだよな」

と、とても腑に落ちたのを覚えている。

今、まさにそんな感じで仕事ができていて、何不自由なく楽しく生きている。

ところで、平成の半生で仕事における最大の収穫は自分の人生のミッションを見つけられたことだった。

人生のミッションややりたいことなんて、普通はそうそう見つからないものだが、
僕は数年間ずっと考えていたこともあってか、ようやく見つけるに至った。

それが、

自分のビジネスで生きていける人を増やすこと

だ。

僕は基本的に誰にも何にも束縛されない、自由な生き方を求めているのだが、
それができる人を増やしたいということだ。

そして、その自由に対して必要なものを突き詰めた結論が、自分のビジネスだった。

実は、会社の言う通りにしないといけないとか、好きな仕事ができないとか、
そういう「会社」絡みの不自由さは案外突破が簡単だ。

よく、「下積み時代に仕事を頑張って、周りからの信頼を得て、役割を与えてもらって、それで自由を獲得していくものだ」みたいな論調があるが、それはコミュニティを変える自由度が低かったり、金になるスキルが限られていた昔の話だ。

別に、その方法論自体は僕も否定しないし、それどころか、今もビジネスをする上で核であることは間違いない。

だが、別に自分に合わない場所でそれをやる必要はとっくになくなっている。

自分の好きな仕事や働き方をするのは、結構簡単になってきているのだ。

僕自身、学生の頃から好きだった、「ビジネスを考えること」「プログラムを書くこと」この2つが今の仕事の中心になっているし、この2つは指向性が相反しやすいので、両方できる人は少なく、周りからは幸いにもありがたがってもらえることが多い。

任せてもらえるので、結果として、働き方はかなり今は自由だ。

僕はかなり夜型なので、毎朝遅くに起きて、通勤電車にも乗らず、スイッチが入ったタイミングで仕事をし、気分転換で真っ昼間に筋トレや散歩をしたり、仕事場を変えたりして、大体一日中仕事をして、寝る前にテニスの動画でも見て、疲れたら深夜に寝る、みたいな毎日だ。

自由だ。

だが、どうしてもこのままでは、自分が労働をする必要がある。
時間の切り売りになっているからだ。

そしてこれは、自動的にお金を稼ぐ仕組みを作らない限り、永遠に続く。

たとえ年収が一億円になっても、自由を死ぬまで謳歌するには、労働が必要になる。

僕は、仕事は好きだが、しなくてもいいぐらい自由になりたい。

だって、自分の家族と一日のんびり過ごしたい日だってあるし、テニスを一日中したい日もあるし、長期間の旅行だってしたい。

そして、それは誰かが決めた枠組みや制約条件の中で工夫して実行するのではなく、
ふと、その日の朝起きたときに、そういう気分だったら実行できるようにしたい。

折角の人生を、自分の思い通りに生きられないなんて、僕は我慢ならないのだ。

多分、僕と同じ気持ちの人は少なくないはずだ。

みんな知らず知らずの内に、会社やメディアに洗脳されて、いつしか「仕方がない」と諦めていることがたくさんあるはずだ。

これを実現してくれるのが、自動的にお金を稼ぐ仕組み、つまり、自分のビジネスだ。

僕は、自分の人生を自由に生きられる人を増やしたい。

そして、まずは自分が実績を作ろうと思い、いくつかの計画を実行中である。

2. 個人の平成史の振り返り

一年ぐらい経ったら、毎年なんとなく昨年の自分と比較しているが、あまり今まで言語化してこなかった。

改めて、自分にとって平成時代がどのようなものであったか、価値観を軸にざっと振り返ろうと思う。

平成元年〜10年:あまり記憶がない。好きなことだけして生きていた。

平成11年〜12年:陸上競技と勉強にハマる。人の評価軸が「能力」になりはじめる。

平成13年〜18年:評価軸を「能力」に置いた結果、自分の首を締める。だが、根性と習慣で乗り切り、成功体験を積んでしまう。

平成19年:能力に評価軸を置いた結果、自分の無価値さに絶望する。周りがすごすぎる。アイデンティティの崩壊。

平成20年〜22年:迷走。

平成23年:就職活動の影響で論理的思考力至上主義に走る。現在とほぼ同じ思考力を手に入れるも、自分よりも「優れた」人間の存在に再度絶望。

平成24年:自分の仕事の指向性を理解しながらも、自分の素直なやりたい気持ちをおざなりにして、世間の流れ通り就職。

平成25年:会社の仕事が絶望的に楽しくない。研究やプロジェクトはあんなに楽しかったのに。同時に自分が発達障害の傾向があることが分かり始める。

平成26年:鬱のような症状が出
はじめる。ほとんど記憶がない。

平成27年:ADHDと診断を受けて気持ちが楽になる。同時に、人の個別能力を活かす重要性や、その環境を自分で選択する必要性を理解する。気持ち的にもキャリア的にも限界を感じ、転職。(最後の上司たちは快く受け入れてくださった。今でも感謝です。)

平成28年:一社目で自分が常にゴミクズ扱いされ続けた結果、自信を持てずにいたが、転職することで案外マシな人間であることに気づき、冷静に自分の価値を見つめ直せるようになる。

平成29年:自分のやりたいこと(ビジネスづくりとプログラミング)に正直に生きることを決意する。プログラミングスクールG’s Academy入学。

平成30年:スクールの仲間や環境に恵まれ、自分が自分のままでいいということを受け止められるようになる。人生のミッションの発見。

平成31年:人生のミッション開始。

令和に向けて

とりあえず、自分のやりたくないことは一切やらないことにする。

そして、毎日楽しく生きることを大切にする。仕事の速さや成果よりも、だ。

あとは、時間に対する危機感がいつもないのだけれど、のんびり生きるのもありなんじゃないかと最近思うので、その辺をもう少し模索したい。

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