誇りを持つこととプライドが高いことの違い

結論から言うと、誇りを持つというのは、何かを名誉に思うという意味だが、一方でプライドが高いというのは傲慢と同義だ。

日本語の誇りという単語は、英語でプライド(pride)と訳される。

しかし、日常的な会話において、
誇りはポジティブに使われることが多い(誇りに思う、など)のに対し、
プライドはネガティブに使われることが多い(プライドが高い)。
誇りとは、何かを名誉に思うことであり、
自分が価値のあると感じるものを信じることであり、
これ自体は本来むしろポジティブな意味だ。
だから、ネガティブな使い方は僕には違和感があって、
何が変なのか考えてみた。
プライドという言葉は、プライドが高いというフレーズで使われることが非常に多いため、
一旦プライドが高い人のペルソナをもとに、この意味を考えてみよう。
セットで使われる文脈でパッと思いつくのは以下のような感じだ。
あの人はプライドが高いから、
・失敗したら心が折れそうだな
・間違ってるところを言いにくいな
・指示を聞いてくれるか心配だな
これらに共通する人物像は、
・自分のやり方が絶対だと(心の底で)思っている
・自分は間違えないと過信している
といったところだろう。
信仰の対象が自分になっているのだ。
ちょっと難しい線引きなのだが、
これは、自分の存在を認め、受け入れるのとは違う。
人が自分に自信を持ち、健全な精神状態たり得るのは、
自分を優れた存在(=名誉のある存在)と考えるからではなく、
自分の長所短所含め、そのままで存在していいと受容してあげるからだ。
つまり、プライドが高いというのは傲慢である。
結果として、自分が絶対に正しいと思い込み、人の指摘を受け入れられず、人の意見を素直に聞く柔軟性を持たないのだ。
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