人々のニーズに応えることは本当に世界をよくするのか?

平たく言い換えると、売れるから売るという行為は本当にいいことか?ということだ。

ビジネスの存在意義は、世の中をより豊かにすることにある。

お金が儲かるのは、その豊かさを人々に提供する対価を受け取るからだ。
(起業家のモチベーションがお金にあるとかは全然構わないと個人的に思っている)

しばしば勘違いしがちだが、人は必ずしも本質的に豊かになることにお金を使わない。

わかりやすさのため極端な例で恐縮だが、

ギャンブルやアルコール中毒の人がお金をギャンブルやお酒に費やすのは、本当にその人を豊かにするためだろうか。

度が過ぎた肥満の人が、過度に糖質を含む食品を買うのは、本当にその人の今後の人生を豊かにするだろうか。

もう少し微妙な事例がある。

水素水というものが数年前から流行っている。最近はジムなんかでもよく置いている。

だが、健康へのプラスの影響は立証されていない(らしい)。

マイナスイオンドライヤーもそうだ。

マイナスイオンというのは、電気的に中性の原子がエネルギー的により安定するために、マイナス荷電の電子を取り込んだ状態のことだ。(中学3年生の知識なので、本来であれば義務教育を受けた全国民が教養として知っていることである)

特定の原子のことではない。

だが、どの商品を見ても、なんの原子がイオン化しているのか説明はないし、そのイオンがなぜ髪にいいのかも化学的な説明もない。

(※一応断っておくと、これらの事例が実際に正しいかどうかはここでは大した問題ではなく、重要なのはそういう事象があり得るとい
う可能性の方だ)

モノやサービスというのは、本当にそれに価値があるから売れるのではなく、

正確には人がそれに価値があると感じるから売れる。

つまり、本当は価値がないけれど人が価値があると感じてしまえばそれは売れることになる。

この現象はまるで詐欺のようだ。

ブランドのロゴのように、人が価値を感じる事自体が価値となることもある。

それは人が価値観で決める部分を豊かにしているから全然構わない。

だが、上記の例のような物理現象をはじめとする、人の価値観で効果が決まらないものに関しては大問題だ。

本当はよくなってないのに、よくなったと錯覚するために人はお金を払うのだ。

やっぱりこれは詐欺と同じだ。違うのはものやサービスを提供する側に悪意があるかどうかだけだ。

世の中への影響という意味では詐欺と何ら変わらない。

殺人をした人が意図的であろうとなかろうと、死んでしまった人とその遺族にとっては大した問題じゃないのと同じ構図だ。

見方によっては、その人が幸せと錯覚していようが、幸せを感じるならそれでいいとも言える。

僕はその価値観は否定はしない。

だが、もし本質的な解決が可能なのであれば、そして人がそれを選ぶことができるのであれば、本質的な解決を選ぶべきだと思う。

人が勝手に誤って購入してくれるから、という理由で売れてしまうものは世の中に存在してはいけない。

少なくとも、メタな視点で問題を認識している事業開発側の人間は、情報の少なさ故正しく判断ができない消費者と違い、その責務を負っているという自覚を持ってビジネスを作っていくべきなんじゃないだろうか。


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