生き方

【G’s Academy LABコース体験記】卒業後記

先日、G’s Academyを卒業した。

半年前、プログラミングが出来る起業家になりたくて、ここに来た。

他のプログラミング教室じゃなくて、G’sを選んだのは、
僕はエンジニアでもなく、フリーランスでもなく、
プログラミングのできる起業家になりたかったからだ。

そして、今振り返ると、僕の選択はやっぱり間違っていなかったな、と思う。

人はよく未来を見誤るけれど、その最たる例が、時間経過に伴う成長を計算に入れ忘れることだ。

今でも忘れないが、僕がG’sに入ると言ったとき、ある人にやんわりと否定され、その根拠の一つが競合のTech Campとの比較で、それはとりわけエンジニア就職の実績についてだった。

確かに、G’sは設立してからまだ浅いが、僕はG’sだけは特殊だし、自分の目的に合致するという妙な確信があった。

そもそも別に僕はプログラミングスキルの獲得だけが目的じゃなかったのだ。

そして半年経過した今、案の定、僕の選択の方が正しかったことが分かった。

G’sは卒業生が起業家としてどんどん実績を作り始めているし、僕達もいずれそうなるだろうし、コミュニティとしてもっと成長するだろう。

一方、Tech Campは起業家というよりフリーランスの方に舵を切っている。

(別にどっちが良い悪いではなく、
どっちが自分の目的に合致していたかどうか、という意味で正しかった)

さて、前置きが長くなってしまったが、
この半年間には、僕の期待を超えて得たことが沢山あった。

これについて、半年を振り返って、今後のためにここに残す。

僕がここで得たことは、以下の問いに対する自分なりの答えだ。

  • 起業するとは何か

  • 自分の頭の良さとは何か

  • コミュニティに所属するとはどういうことか

順番にどういうことか、説明をする。

起業するとは何か

起業とは、僕にとっては単純に一つのライフスタイルだということが分かった。

僕は起業は何かしら、とても大掛かりなことで、すごいことのように思っていたが、

ファイナンス、リーガル、開発、事業計画など、一つ一つを見ていけば、

結局自分で何か新しいことを始めることのそれ以上でもそれ以下でもないことが分かった。

別に起業することが偉いわけでもないし、すごい訳でもない。

そして、それが成功に繋がったとしても、別に偉いわけでもすごい訳でもない。

人生は人の数だけあるし
、それが良かったかどうかを決めるのは死に際の自分だ。

じゃあ、なぜやるのか?

「やりたいから。」

それだけ理由があれば十分なのだ。

これは、単に自分が目標とすることにどれだけ近づけるかという自分との戦いだ。

また、起業とは、おせっかいである。

別に自分が頑張ってやらなくても、世の中はそれなりに上手く回っていくし、いつか誰かがやってくれる。じゃあ、なぜやるのか?

これも、「やりたいから。」

何かをやりたくてやっているだけだ。

とどのつまり、自分が何かをしたい、実現したいという気持ちを満足させるため、その手段として起業をする。

今日カレーを食べたいからカレー屋に行くのと何も変わらないのだ。

これはライフスタイルの他の何ものでもない。

そして、それをやるのは、自分がそれに価値があると信じているからだ。

自分の頭の良さとは何か

僕は同期の中で「頭がいい」と言われることが多かった。

まあ、確かに昔お勉強は出来たが、頭がいいってなんだろうと改めて考えてみた。

社会人になって、嫌というほど「あの人は頭がいい」という言葉を聞いてきたが、そんなことは文脈で簡単に意味が変わるし、実際様々な場面で聞く言葉だ。

そこで、自分の長所としての「頭の良さ」を正しく認識することで、自分の役割というのが明確になると考え、少し深く考察することにした。

それで、結論を言うと、どうも僕の頭のよさというのは、

  • 情報処理能力の高さ

  • 視覚情報や概念の言語化の速さ

と言い換えることができそうだということが分かった。

もう少し詳しく言うと、知識として比較的色んな分野のことを知っていて、かつそれらを汎用性の高いフレームワークに昇華して整理していることが多いので、思考のショートカットが多く、アウトプットが人よりも速いということだ。

まあ、ちょっと性能のいいCPUみたいな感じだろうか。

だからどうということではないが、とりあえず変な勘違いをすることは今後ないだろう。

例えば、情報処理能力が高いからといって人付き合いが上手いわけでもなければ、ビジネスを成功させる確度が高くなるわけでもない。

中立的なニュアンスで情報処理が世の中の多くの人よりも速い。だから、それ相応の役割を果たすと世の中のためになりそう。

ただ、それだけのことだ。

コミュニティに所属するとはどういうことか

これが最大の学びだ。今のタイミングで知ることができて本当に良かった。

今まで様々なコミュニティは所属してきたが、イマイチ自分が所属意識が高い組織に巡り会えて来なかった。

だから昔、会社なんかで「みんなのために」とか「会社のために」とか聞くと、正直気持ち悪いと思っていたし、内心「嘘つけ」と思っていた。

だけど、自分も気づけばG’sに対して同じ想いを持っていた。

それに気づいたのは、G’sのイベントに来たお客さんに「受付どこですか?」と聞かれたときに、ただのイチ「受講生」の自分が、G’sスタッフとしての対応を無意識にしたときだった。

他のコミュニティだったら、

「あ、僕スタッフじゃないです」

とか言っていただろう。

これは、僕のG’sへの所属意識が高いことの証左だ。

自分の発言で、コミュニティの「中の人」になっている自分を初めて認識し、「ああ、僕の居場所はここで、ここが好きなんだな」と気づくことができた。

コミュニティという概念は当然昔から知っていたし、どういう作用をするものかも知っていた。

だけど、自分が中の人間になることで、その理解はより深まった。

そのおかげで、これからの世界で「複数の経済圏やコミュニティに所属するのが当たり前になる」ということや、「会社という組織が前時代のものになり、コミュニティを基盤にビジネスをするようになる」ということが、具体的にどういう現象なのかをより現実味を持ってイメージすることが出来るようになった。

間違いなく、この理解は今後の僕のビジネスパーソンとしてのキャリアに大きく影響を与えるだろう。

そして、何よりこの僕が愛するこのG’sというコミュニティは、僕にとって一生モノの財産だ。

かげがえのない友人や仲間、師、そしてこれから入ってくるメンバーたち。

これからもずっと繋がっていたいと思う。

最後に

G’sで過ごした半年は、正直反省点が多かった。

だけど、僕の人生としては、最高に幸せな時間だった。

僕と関わってくれた皆さんに、
コミュニティに所属する幸せを教えてくれたことを、
心から感謝したい。

ありがとう。


そして、今日僕は、これからの残りの人生の初日を迎える。

また新しい一歩を踏み出そう。

今度こそ、自分に負けないように。

僕が思考する術を完全に失った話

僕は世の中のことは、

基本的に物理現象として科学的な説明がつくと思っていた。
だが、それが僕の傲慢だということを思い知らされるすごい出来事があった。
僕を謙虚にさせてくれたのは、
意外にも「手品」だった。
僕に仕事をくれている知人に、
とあるプロのマジシャンの経営するバーに連れて行ってもらった。
僕はそこで文字通り「魔法」のような現象を目の当たりにした。
もちろん凄いし楽しいのだが、
一番の感想は、
「打ちのめされた」だった。
目の前で起きる現象が、
何一つ全く説明出来ないのだ。
僕は物理に関して専門家ではないけれど、
機械工学の修士課程を修了するぐらいは物理は分かっている。
それですら、
「どうやっているか分からないけど、
多分これをこうしているのだろう」、
という見当すらつかない。
僕が一番あり得ないと思った手品が、
僕が好きな食べ物、あるいは商品名を頭の中で思い浮かべて、
その名前を文字通り当てるというマジックだった。
僕が思い浮かべたのは、
「辛」というカップラーメンだった。
僕が指示をされたのは、
・その食べ物を食べているときの顔をすること
・その食べ物の文字を思い浮かべること
のたった二つだ。
彼はそれだけで、「辛」を当てた。
もはや、僕の想像を絶するレベルだった。
物理的な現象なら、
まだ高等なテクニックでありえるかもしれない。
だが、複雑な人間の心の中の映像を読み取るなんて、
僕の常識ではあり得ないことだった。
しかも、彼の一番凄いのは、
自分の認識していないものを当てられることだ。
今回の「辛」という漢字は日本人なら知っているものだ。
だが、彼は韓国語が分からないにも関わらず、
韓国人のお客さんの想像したハングルの文字列を当てたのだそうだ。
絶対にあり得ないと信じていたことが、
自分の目の前で起きていた。
今まで僕が説明できると思っていた現象は、
全部僕の思い込みだったんじゃないか。
そう思うと、目の前で起きている現象は、
全て自分の思い込みでしかなく、
本当は全く異なることが真実として隠れているんじゃないかと思えてくる。
自分が今目の前で握っている、
スマホの感触すら幻想かもしれない。
一体、これから何を手掛かりに思考すればいいのだろうか。
自分の認識は全て不確かなものだとすれば、
何を信じればいいのだろうか。
世の中の説明なんて簡単だと思い込んでいた僕は、
見事に自分の傲慢さを思い知らされたのだった。

現代人の病、強迫性情報収集症

久しぶりに、通勤の類いの習慣が出来て、

今日ふと思ったことがある。
今まで電車の中で夢中になってNewsPicks で情報収集をしていたが、
果たしてこれは本当に僕がやりたくてやっていることなのだろうか、と。
スマホを持った現代人にとって、
「スキマ時間」はどんどん短くなっている。
そして、意識の高いビジネスパーソンは、
そのスキマ時間を認識した瞬間、
なにかをやっていないといけない感覚に襲われる。
(僕がそうだ)
そのスキマ時間を無駄遣いしてはいけないという、
強迫観念にも似た感覚だ。
ニュースでなくても、SNSが気になって開いてしまうのも同様だ。
これは果たしてあって然るべき状態なのだろうか。
無論、新しいアイディアを生むためにも、
インプットし続けることは極めて重要だ。
だが、たまにはその強迫観念から解放されて、
頭を休めたり、ボーッと街を眺めてみたり、
自分の人生に思いを馳せたり、そんなことをする余裕があってもいいのではないだろうか?
僕が常々言っていることだが、
テクノロジーは意識的に使いこなせなければ、
僕たちはアッという間にその奴隷にされてしまう。
テクノロジーの利便性の恩恵を受けるには、
やはりそのリテラシーと、
自分の置かれている状態を客観視することが必要なのだ。

新しく言うことがなくなったときは、自分の哲学が完成したときかもしれない

ここ2ヶ月ぐらい、

ブログが更新できないでいるのだが、
その理由について書いてみる。
それは、僕が普段から思っていることをほとんど一通り書き出してしまったからだ。
僕は常々、
日本という国や、
学校という教育機関、
地域コミュニティや企業について、
多数派とは異なる意見を持ち続けて来た。
これは意図的にそうしたこともあるし、
気づいていたらそうなっていたこともある。
僕の性格から言って、
人と同じことをすることは不特定多数に埋もれることであり、
基本的に自分の価値の毀損だと思っているから、
どこに行っても必然的にそうなってしまう。
その、どこに行っても思っていたそれらのことを、
一通り出し終えてしまったようなのだ。
僕は生き方や姿勢について書くことが多い)

これはとても大きなことだ。

誰か自分の好きなフォロー対象がいる人は感じたことがあるだろうが、
著名人でも、一見多くの書籍を出したり講演をしたり、発信をしていても、
ずっと聞いていれば、実は同じことを繰り返し言っていることに気づく。

僕の好きなホリエモンも、橘玲も、
ロバートキヨサキも、
大体言っていることはいつも同じだ。

つまり、新しく何を見ようが経験しようが、
結局いつもと同じ結論を考えるようになったとき、
その人の哲学の骨子はほぼ完成していると言えるのだ。
実際、振り返ってみればとても面白くて、
僕の生き方や価値観の軸が、
昔よりもかなり明確になってきた。
僕が新卒で入社したときの会社のCEOは、
明確に自分の哲学を持っていて、
それを心底すごいと思っていたので、彼にその完成時期を聞いてみたところ、
哲学がほぼ完成したのは30前半だったと言っていた。
当時内定者だった僕は、
そんな若くして哲学を持つのは自分には困難なのではないか、
と思っていたが、
多少粗削りでも良ければ案外20代で完成するものだと今は思う。
彼ほどの具体性や抱括性には乏しいが、
自分が今後生きて行く上で、
一生譲ることのないであろうことは、
すぐに言語化できる。
今後、ブログのネタはどうするか考えものだが、
一通り自分の考えを出し終えたという大きな節目を僕は迎えた。
この事実を素直に喜びたい。

論理的思考の限界〜なにかをする理由、しない理由〜

人気シリーズ「論理的思考の限界」の第三弾だ。

参考
論理的思考の限界
論理的思考の限界〜意思決定を論理的に行うとハマる罠〜

前回の論理的思考の弱点から言って、
何かをしようと意志決定する際、
論理的な理由付けを行うことには大して価値がないことが分かる。

なぜなら、人間は全ての理由を思いつき、
その理由の正当性を完全に正しく、
評価することなどできないからだ。

今日友達に会う、ということに関しても、
実は理由付けは困難を極める。

まず、会う理由はいくらでもある。
・会いたいから
・近況を聞きたいから
・自分が知らない情報を持っているから
・その場で盛り上がって楽しいかもしれないから
・新しい仕事を一緒にすることになるかもしれないから

一方で、会わない理由もいくらでもある。
・お金がかかるから
・時間がかかるから
・外出が面倒だから
・今日は疲れていて休みたいから
・話しても盛り上がらないかもしれないから

僕の最近の大きな意志決定の一つである、
サラリーマンを辞めて起業する、もそうだった。

起業するべき理由はこんな感じだ。
・サラリーマンに向いていないから
・自分のやりたいことを自由にできるから
・やったことがないことで楽しそうだから
・お金持ちになれるかもしれないから
・偉人になれるかもしれないから
・世界が変わる瞬間に立ち会えるかもしれないから
・世界の偉人と知り合えるかもしれないから

一方で、起業するべきでない理由もたくさんある。
・失敗するかもしれないから
・安定的な収入が得られないから
・今の職に居続ける方が高収入だから
・学べることがまだ残っているから
・社会的なレピュテーションリスクがあるから
・スキルが不十分だから
・人脈がないから

結局、それらがどの程度自分の将来の人生に影響を与えるかなんて、計測が不可能だ。

じゃあ、どうやって自分が意志決定すればいいかというと、
自分がそれをやりたいかどうかで決めればいい。
あるいは、納得できるかどうかと言ってもいい。

できるかどうかでも、やるべきかどうかでもない。
やりたいかどうか、ただそれだけだ。

できるかどうかなんてやってみないと分からないし、
やるべきかどうか、人に生き方を強制される筋合いはない。

だから、やりたいかどうかを考えたその後で、
協働する人たちを説得するために、
初めてそれを「やるべき」理由や「できる」理由を考えればいい。

僕はただ、起業という挑戦をしなかったことで、
後悔して死にたくないという思いから起業をスタートしている。

これは僕のただの欲望でしかなく、
合理的な理由付けは何一つない。

そしてこの論理的思考のほころびから、
僕の座右の銘の一つが生まれている。

「何かを始めるのに早いことも遅いこともない。やりたいと思っている今がその時だ。」

もし、今何かを「やりたい」と思っていたら、始めてしまうことをオススメする。

参考
僕が「…したい」という言葉を殺した理由

サラリーマンを三年半やって気づいたこと

前回の
サラリーマンを辞めて気づいたこと
の兄弟記事になる。

僕は二社目を退職して起業することを決断した。

僕はサラリーマンという生き方が全く合わなかったことを悟ったからだ。

だが、そんな僕にとってサラリーマン生活は全部無駄だったのかというと、
そんなことは全くなかった。

むしろ、僕という人間にとっては、
不可欠なプロセスであったようにすら思う。

僕という社会不適合者が、サラリーマンをやって、
気づいたことや理解したことを以下に述べる。

新規事業じゃないとダメだと気づいた

学生時代、漠然と起業することに憧れて、
ビジネスコンテストに出てみたり、
自分でiPhoneアプリを作ってみたり、
企業と新規事業プロジェクトをやってみたり、
色々と手を出してみた。

全部うまく行かなかった。

だが、一つ分かったことがあった。

僕はまだ世の中にない新しい価値を生み出そうとする行為そのものに、
この上ない興奮を覚えるということだった。

そして、その価値のためなら、プライドを捨てて馬鹿になれた。

人の目を気にする僕が、
全く知らない人たちのグループに求人の宣伝を必死にしたり、

自分で動くのをめんどくさがる僕が、
丸2日間も現場に密着取材したり。

営業なんて考えただけでもゾッとする行為なのに、
実現こそしなかったが、iPhoneアプリに関しては、
完成間際にはLINE社に自分で売り込みに行く計画まで立てていた。

僕はとにかく動いていた。
そして学んだ。

自分で言うのもなんだが、
当時の僕は起業家のスタンスとしては、
いい線行っていたと思う。

計画なんかハチャメチャだったし、納期は守れないし、
人の巻き込み方もメチャクチャだ。

だけど、
とりあえずやってみること、
自分が先頭を切ってやること、
全部最後まで諦めずにやりきろうとすること、
やりたいことが目の前にあるのに、スキル不足でできないことが悔しくて一生懸命学ぼうとしたこと、
そして熱中して一日中そのことしか考えられなかったこと。

ここだけは今振り返っても、悪くはなかった。

そしてそんな学生時代を経験していながら、
僕は、サラリーマンになった。

今の僕ならそのまま起業しただろうが、
当時の僕には勇気が足りなかった。

今までみたいに肩書が欲しかった。

優秀な人が就職する会社に所属していた、
という社会人の保証書が欲しかった。

起業は「いつか」すればいいと思っていた。

そして、既存事業に関する仕事をするということがどういうことか、
全く分かっていなかった。

毎日、世の中にない新しい価値を実現しようと、
高校生の時の文化祭の前日みたいな気持ちで、
最高にエキサイティングな毎日を送るものだと思っていた。

だが、現実はそんなものじゃなかった。

僕は、自分の欲求とは全く整合性のとれない仕事をする中で、
どんどん鋭気を失っていった。

そして、精神的にギリギリまで追い詰められて、
僕は自分の根源的な欲求を受け入れられるようになった。

僕は自分で新規事業を創らないと、つまらなくて死んでしまう。

僕はこのとき、自分にとって大切な「新しさ」の定義をした。

参考:

ものづくりには三種類ある

そして、常に自分がまだ見ぬ、
「新しい」ものを生み出して生きて行こうと決意した。

これは、自分でプロダクトを生み出す人間になると決めた瞬間だった。

大企業の中で新規事業をやるのは自分に向かないと気づいた

僕は一社目を辞めた後、アメリカにある、
某エンジニアブートキャンプに参加しようと思っていた。

そこ入るには選抜試験をパスしないといけなくて、
そのために、日々黙々と勉強をしていたのだが、
ある日スタッフの一人に声をかけてもらった。

一緒に事業をやらないかと。

これが、二社目の入社に繋がった。

新しいものを追い求めて活動することを久しく忘れていた僕は、
動けば何かが起きる、ということを久しぶりに思い出した。

だが、しばらく勤める中で、
大企業で新規事業を作るのは、
僕の求める姿じゃないと気づいた。

大企業での新規事業というのは、
そもそも、「世の中にない」という意味での新規ではなく、
「社内にまだない」という意味の新規であることが多い。

参考:

新規事業の「新規」という言葉はどこで新規なのか?

上述の通り、僕の求める「新しさ」とは、
世の中に既にひとつでも存在していたらもう価値がない。

文字通りZero to Oneじゃないと嫌なのだ。

そして、もう一つ。

自分に裁量がないと楽しくない。

最終的な意思決定を自分で行っている、
という自己効力感が僕には不可欠だった。

自分が事業の方向性を完全に責任を持って決めている、
という状態が必要だった。

そう、一人のメンバーとして意見を出して、
結果的にその意見が通ろうが、
自分が意思決定していない限り、僕は充足感を得られない。

メンバーである以上、自由と責任は小さい。

僕が自分でそのプロダクトを作ったと思えるためには、
完全な自由と責任を負う必要があるのだ。

その意味で、僕は自分よりも上の立場の人間が一人でも存在する状態は望ましくない。

こうしたことを理解して、僕は確信を持って、
僕には起業するという選択肢しかないと思えるようになった。

三年半もかかって、遠回りしてしまったが、
一通り経験したことでやっと、僕は自分の生き方に確信が持てた。

きっと、いきなり起業して失敗していたら、
「やっぱ大企業に行って、安定的な給与を貰っていたほうが良かったのかな」
などという言い訳を沢山してしまっていただろう。

世の中の多くの人がどういう働き方をしているのかを知れた

人々にとって価値のあるプロダクトを作るには、
その人達が現実にどういった価値観を持って、
どういうふうに生きているのかを知る必要がある。

僕は、サラリーマン生活を通して、
大多数の人が経験する生活を知ることが出来た。

これは、過剰な労働時間や、組織における退職の要因、
日本特有の新卒採用という仕組みの功罪など、
世の中の構造的な問題を、深く理解することに繋がった。

結果的に、ライフスタイルの海外との比較も、
より実感を持って語れるようになった。

これは、いきなり起業して小さな組織から始めていたら、
知ることはなかったことだ。

会社の仕組みが分かった

どんな部署や役職があって、それはどういう必要性から生まれるものなのか、
ということが一通り分かった。

主に大きな組織を見てきたが、
結果として僕は小さな組織のメリットがよく分かるようになった。

だからこそ、自分で起業するときには、
何が大切なのかがよく分かる。

自分の強み弱みが分かった

まさか、自分が電話をしながらメモを取ることが出来ないとは思いもしなかった。

人の気持ちを汲み取ることが出来ないとは思いもしなかった。

僕は、自分が典型的なADHDであるということに、
そうじゃない人(大企業で上手く立ち回れる人)に囲まれて生きる中で、
知ることができた。

参考:
人の気持ちを考えるということが生まれて約30年間分かっていなかった話
ADHDはなぜ注意の向いた先のことから手掛けてしまうのか

いきなり起業していたら、僕は自分のそうした負の側面を、
自覚することはしばらくなかっただろう。

逆に、自分の優れている部分にも気づくことが出来た。

新しいビジネスなんて、
ビジネスパーソンなら皆が毎日考えているものだと思っていたが、
必ずしもそうでもなかった。

統計やAI、プログラミング、歴史、進化生物学、
こうした理系文系問わずに必要な知識について、
皆がある程度精通していると思っていたが、
案外そうでもなかった。

そして、それらを体系化して日常生活と紐付けて、
世の中の構造を紐解くことも皆がやっているわけではなかった。

自分が当たり前だと思っていたことの多くは、
全然当たり前じゃなかった。

そしてやっと、僕のやりたいことは僕にしかできないと確信が持てた。

こうした紆余曲折があって、僕は、
“connecting the dots”
というのは、こういうことなのかと、ほんの少しだけ感じることが出来た。

サラリーマンを辞めて気づいたこと

僕は起業すると決めてからサラリーマンを辞めた。

そして、早くも一ヶ月が経過した。

その中で気づいたことが沢山あるので、
気持ちが新鮮なままに書き残そうと思う。

全部、知識としては陳腐で、僕も昔から知っていることだが、
自分で経験してみてやっと実感が伴ってきたという感じだ。

お金の大切さ

言うまでもなく大切なのだが、
収入源が完全にゼロになると、強烈に感じる。
僕はこの経験自体は社会人になってから二回目だが、
強烈な不安に襲われることもある。

毎月の収入が保証されているというのは、
精神の安定という意味でとてもすごいことだということを知った。

環境の影響力と習慣の大切さ

サラリーマンをやっていると、
ほぼ強制的に会社への通勤が発生する。

強制的に何かをする環境を個人に与えているので、
人は無意識のうちにそれを軸とした習慣を身にまとうようになる。

通勤時間の電車の中でニュースを読む、とか、
9時から18時まで仕事をする、とか、
そういう皆が普段は当たり前にやっていることだ。

僕は、そうした環境が失われた途端に、
実行することが困難になった。

起業に必要な素養や準備は沢山ある。

ニュースを読んだり、事業を考えたり、プログラムを書いたり、本を読んだり。

こうして無限にやるべきことがある中、
僕はどういう配分で何をするべきかも分からなかったし、
自分で考えて分かったつもりになった後でも、
それを計画通りに実行することができなかった。

ここに来て、僕は習慣を作る能力が低いことを思い知った。

今まで、会社という仕組みが提供してくれていた、
強固なレールを利用することでしか、
効率よく何かをすることができなかったのだ。

まだここは絶賛改善中だが、習慣を作る能力はとても大切だと気づいた。

いかに自分がお金を稼ぐ能力がないか

サラリーマンのときに貰っている給料と同じ金額を、
自力で稼げる人は世の中にどれぐらいいるだろうか。

僕は、残念ながら全くそれが出来ないことが分かった。

僕には、サラリーマン時代に自分が温めてきた渾身のナレッジがあった。

これをパッケージ化して商品として市場に売れば、
毎月30万ぐらいは売れるんじゃないか、
なんて皮算用をしていた。

だが、実際に販売してみたら、たったの2万円だった。

これは、本当の意味で、僕が人生で初めて自力で稼いだお金だったし、
初めてにしてはかなり上出来な方だった。

だが、自分がここまで稼げないということを知って、結構ショックを受けた。

同時に、会社で給与を与えるという仕組み、
つまり雇用を作っている経営者は、社会的に本当に価値があると感じた。

お客さんの大切さ

僕はバックオフィスでしか働いたことがなかったので、
自分のお客さんというものを持ったことがない。

だが、上述のパッケージを買ってくれた人もそうだし、
知人のつてでフリーランス的な仕事を手がけたのもそうだったのだが、
初めて「自分のお客さん」というものに出会った。

自分のプロダクトを買ってくれる人というのが、
どれだけありがたいことなのか、ということが肌で分かった。

自分に仕事を与えてくれる人というのが、
どれだけ大切な存在なのか、ということが身にしみて分かった。

そして、自分のプロダクトで世の中に価値提供できる喜びが、垣間見られた。

いいプロダクトだけでは売れない

販売チャネルを含む、マーケティングが大切だと改めて感じた。

人は、自分が思っている以上にプロダクトを見つけてくれないし、
見つけたとしても、購入にはとても慎重だ。

「それを作れば、皆がやってくる」わけではないということを経験した。

それでも僕は自分の好きなことをやりたい

サラリーマンのときは、自分がやりたい放題できない代わりに、
莫大な恩恵を受けていたことがよく分かった。

しかし、それでも僕はサラリーマンに戻ろうと思っていない自分の気持ちに気づいた。

まだ自分で事業を作ったわけでもないのに、
たったの一ヶ月でここに挙げただけの気づきが得られた。

金銭的にはしばらく苦しいだろうが、自分の好きなことの探求で、
人に価値提供ができて、自分の人生経験が濃くなるのであれば、何も文句はない。

僕は人に合わせて我慢することはもうしない。 

同じ話を二度することは、本当にいけないことなのか?

これは、僕の一つの固定観念だった。

しかし、これはとりわけ、会社という組織において、
効率よく情報伝達を行うという目的のもとにおいてのみ正しい。
僕はこのことに気づいたのは、
スレッド投稿型のウェブサービス上で、
チームメンバーの一人に言われたのがきっかけだ。

「あ、すみません、この話既出でしたね。」

「リバースエンジニアくん、別に既出の話だからといって、
別のスレッドで出してはいけないなんてことはないよ。
話がはずんで、新しくそこからアイディアが生まれるかもしれないだろ?」

なるほど、と思った。

僕はあらゆる場面において、

効率よく振舞うことを是としてしまう傾向にある。
たとえそれが親との会話でも。

その場では、必ずしも情報伝達を効率よく行うことだけが目的ではなかったので、
僕のそのいつもの傾向は、むしろない方がいいことですらあった。

効率の良さ、というのは付き合い方が難しそうだ。

より豊かにならなければならないという思い込みが、世の中を生きづらくしている

そう思えて仕方がない。

豊かになりたいという考えはあっても構わないが、
豊かになるべきという考えはない方がいい。
特に金銭的に。
この強迫観念にも似たべき論は、
不確実な未来に対する漠然とした不安に由来するのだろう。
だが、必ずしも豊かにならなくても、
幸せになる方法はたくさんある。
それは、田舎の方でしっぽり暮らしているような人たちを見れば明らかだ。
いつの間に、僕たちは、
そんな金銭的な呪縛に囚われてしまっていたのだろう。
別に、フリーターをやって金を貯めて旅行する、
を繰り返していてもいいだろうし、
遊牧民族として生きると決めてもいいだろう。
そんなにあくせく働いて一体どうしたいんだ。
僕には、生き方の選択肢を自ら狭めているようにしか見えない。
きっと、人の目を気にしているのだろうが、
僕は同い年の多くの同級生に比べれば、
働き始めは遅いわ、休職や転職で働いてない期間はあるわで、
「働くべき」だと思っている人からすれば、
散々な状態だが、まあ個人的な幸福度で言えば、
つまらないと自分で思う仕事を毎日強いられていた時と比較すれば、
遥かに良い状態だ。
豊かになるべき、お金を稼ぐべき。
この考え方を取っ払ったとき、
あなたの手元に残る「意思」はどんなものだろうか?

「大人」は全員ウソつきだといつも思っていた話

「また騙された。」


僕は人生で何度も大人たちに対してそう思ってきた。

別に詐欺にあったわけじゃない。

大人たちにも騙す気があったわけでもない。

でも、その大人たちは、無意識のうちに、
僕に間違ったことを教えていた。

これを何度も繰り返した結果、
僕はやっと当たり前のことをするようになったー

人生で初めて強烈に「騙された」と感じたのは、
大学生のときだった。

誰に騙されたかというと、父親だ。
(以下、父親に対してなかなか辛辣な表現が続くが、
僕は今は父親は大好きだということは断っておく)

僕は幼少期から、何かと父親に怒られて育ってきた。

夏休みの工作で、初めてやる木材の加工で、
切り方をちょっと間違えたら怒られる。

初めてやるバドミントンの練習で、
言われた通りにシャトルを打てなかったら怒られる。

初めてやる蛍光灯の付け替えで、
スムーズに交換できなかったら怒られる。

こうした事例は枚挙に暇がない。

子供の僕は、怒られるのは、
悪いことをしたときにされるものだと学習していたので、
初見で何かができない、あるいは知らないということは、
悪いことをしていることだと考えるようになった。

そしていつしか、僕は大人というものは、
全てを初見で完璧にこなせなければならないし、
なんでも知っていなければならないし、
なんでもできるものだと思うようになった。

(自分で言うのもあれだが、
僕は結構素直な子供だったのだ。)

だが、ちょっと自分で考えられる人なら分かるが、
そんな「大人」は世の中にまず存在しない。

誰しもやったことのないことは、
最初からはできないし、知らないことばかりだ。

そんな当たり前のことに僕は大学生になってようやく気づいた。
僕の父親は別に、僕が悪いことをしていたから怒ったわけじゃない。

自分の思い通りにならないから、
怒りという感情を僕にぶつけていただけだった。

参考『怒る人が人間として未熟であることの進化生物学的論拠

そして、大学の専攻で、コンピュータやテレビ、プリンターなど、
身近な家電の仕組みを物理的にちゃんと理解したとき、
父親に対して感じていた疑念は確信に変わった。

父親は僕に家電についてすら、
知って置かなければならないかのような態度をしていたが、
大学の機械工学専攻まで行かないと説明ができないようなことを、
普通の人間みんなが知っているわけがない。そう、父親自身も含めて。

ある種、父親を神かなにか完全な存在であるように思いかけていた僕は、
心底失望した。

教える教えられるという関係になると、
教えられる立場の人間は、往々にして、
その教える立場の人間の「権威」に目がくらむ。

つまり、盲目的に言うことを聞くようになるのだ。

教える立場の人間は自分より賢いし、経験も知識もあるから、
なんとなくその人が言うことは絶対的に正しいような気がするのだ。

ちなみにこれは、
これは、親子、師弟、教師と生徒、先輩と後輩、
上司と部下など、社会のあらゆる場面で見受けられる話だ。

だが、残念ながら、そんな都合のいい話はない。

教える人も人間で、神ではないので、
言うことが全て正しい訳がない。

僕はこの大学生での気付き以来も、
何度も教える側の「大人」たちに何度か裏切られた。

結局、僕がそこから学んだことは、
答えは自分で考えなきゃいけないということだった。

そう、大学生以降になって、時間をかけて、
ようやく僕は自分の頭で考えることができるようになったのだ。

なんともまあ恥ずかしい話だ。

間違った知識を教えられたところで、
その知識を良かれと思って教えてくれた人に、
悪意もなければ責任もない。

間違った知識を疑わず、はいそうですかと信じて受け取った、
自分に最終的には責任がある。

世界中の人を嘘つきにしてしまわないために、
自分が納得できる人生を歩むために、
自分の頭で考えることはとても重要なことなのだ。

【追記】
これに気づいてからというもの、
僕は以前にも増して、表面的な知識よりも、
その背後に存在する理論や基盤を重視するようになった。

進化生物学や脳科学、統計学はその最たるものだろう。

これらを無視した議論や知識は、
僕の中で基本的には信用ならない。

逆に、こうした大きな判断基準さえ持っていれば、
世の中の下らない膨大な情報に振り回される心配はない。

こうした前提さえ持っていれば、
あとは価値観というそれこそ答えのない世界だけが残るので話が早い。

この辺りに興味のある人は、ぜひこちらの書籍をオススメしたい。
「読まなくてもいい本」の読書案内』橘玲